サンフランシスコは坂の町。 あまりに急で脇に階段のついている坂もあります。 今でこそ車やバスがこの町の坂をアクセル一踏ん張りで行きかいますが、 一昔前はどうしていたのでしょう。 ![]() 動く名所のケーブルカー ゴールドラッシュのこの若い町に、1852年英国からある家族がやってきました。 その父親はワイヤーロープの製造に特許を持っていたハリディ氏。 その子供が若者になり、1869年ある悲劇を目撃します。 荷馬車が坂を登りきれず荷台が崩れ、馬がそれに引きずられ坂を落ちていったのです。 この事故から4年後、坂を馬車でなくケーブルを道に埋め込んで走らせたのが、今のケーブルカーの発案者、ハリディ家の息子アンドリュー氏です。 ちょうど日本は明治維新に沸きかえっていた頃のこと。 歴史を振り返ると、悲劇から思わぬ後世への贈り物が生まれることがあるようです。 ケーブルカーはそのひとつだったのです。 その後も、1890年代の電車の登場、1906年の大地震による町の崩壊、1920,30年代のバスの普及など、いくつもの存続の危機に面しながら、ケーブルカーを守る市民の運動に助けられ今に至ります。 地元の人や世界中の観光客の人々を乗せて走り130年です。 現在ケーブルカーの路線は3本あり、朝6時から深夜過ぎまで走っています。 料金は子供5歳から大人まで一律5ドル。 町の中心ユニオンスクエアから金融街、チャイナタウン、高級ホテルの立ち並ぶ丘の上、さらに海辺のフィッシャーマンズワーフまで続きます。 比較的ゆっくり走るので、のんびり町を眺めながら観光できます。 始発地点では長蛇の列。 感心なのは、割り込みを見たことがないくらいの人々のマナーのよさです。 さらなる驚きは、始発地点からケーブルカーを満席にせず、次の昇降地点の人たちを乗せれる余裕を持たせて出発させること。 さらに、そこで「俺一人乗れるスペースくらいあるじゃないか!」と言い張り勝手に乗り込む人も見たことがありません。 なるほど、『余裕』とは良いものです。 路線沿いにケーブルカーの写真付きで乗降地のサインが立っています。 そこで待っていて、ケーブルカーが来るのが見えたら、手を振って合図し乗せてもらい、運転手さんに5ドルを渡します。 日本の路面電車のように便利な両替機や料金支払機もありません。 100年経ってもケーブルで坂を行くのみ。 混みあっていて運転手さんに近づけず、料金を払えない人もいるようです。 今年4月、乗客の4割が未支払いという事実が論議の的になりましたが、出された結論は、料金回収よりも安全運転の優先でした。 運転手さんは料金回収にやっきにならず安全運転に専念しています。 支払機を置けばいいだけじゃないのかなあ、なんて発想は却下です。 ケーブルカーには似合わない。両替も出来ない、小銭がなければ払えない、支払機もない、ないないずくめでいつまでも走り続ける、サンフランシスコの『動く名所』ケーブルカーでした。 |